超自然的なことを商売にすることの倫理

スケプトイド #04
2006 年 10 月 24 日

ここでわたしは大多数の懐疑論者との立場から離れて、驚くことだとは思うが、一般的に実害がない限り超自然的なことを商売にする人々の味方をすることを告白する。

われわれの社会において、なんの恩恵もないものや逆に害になるものだとしても、人々は欲しいものを購入する権利がある。タバコ、アルコール、“西洋キョウチクトウのエキス”などの疑わしい原料を含む高価な化粧品などを例に挙げることができる。自由国家なのだ。ほとんどの人はそういうものを欲しがる。国家として、少数の人々の好き嫌いが多数の人々の自由を奪うようなことがないようにとわれわれは決めたのだ。手相からホミオパシー屋まで超自然サービス業にも存在する権利があることを多くの懐疑論者が同意するとわたしは信じる。自分の子供たちがお客さんにならないことを望むが、政府が関与することを期待するよりは教育をすることがより良い方法だとわたしは感じる。

それらのサービス業が存在する権利があることと誰もが自由にそれらを利用するかどうかを自分で決めるということにわれわれは同意するので、わたしがわたし自身の心霊的予言を売ることにしても何も問題はないはずである。コールド・リーディングを上手に演じることができたら楽しいし。わたしの夢は、教会を設立して世界一幸せなお客さんを持って信じられないほどお金持ちになることである。それらのお客さんたちは少数の懐疑論者によって考え方を変えるようなことがない信者なのである。彼らはそういうサービスを購入することになる。わたしから購入しないとしても近所の心霊術師から購入するだろう。わたしは成功するかもしれない。わたしは説得がうまくて彼らのお金目当てに彼らがまさに聞きたいと思ってることを言ってやる。実際のところ、お客さんが体験することは、近所の“本物”の心霊術師から受けるものとまったく同じことになるだろう。お客さんには好きなようにお金を使う権利があることにわれわれは同意する。お客さんが超自然的な製品を購入するとしたら誰がそれを売っているに関わらずそのお客さんはだまされていることにわれわれは同意する。世の中のどんな力を使ってもそのお客さんがだまされているということを本人に説得させることはできないことにわれわれは同意する。それらをまとめると、自ら進んでだまされるし、だまされて物を買う権利があるお客さんがいることになる。そのことを利用してそのような製品を売ることは、懐疑論者としても、問題なく受け入れられるし倫理上問題もないとわたしは信じる。

もしあなたが普通の人なら、わたしに同意しないだろう。おそらくあなたは、本物の心霊術師は少なくとも正直で(彼らの力はわたしの力と同じくらい本物でないにもかかわらず)、わたしはお客さんに対して不正直でウソをついてると言うだろう。心霊術師は間違っているが、正直である。われわれは同じ物を売っていて、われわれは同じようにお客さんに満足な体験を与えている。スーパーマーケットの店長が自分のお店がお客さんに対してタバコを売ることを許しているのと同じことだとわたしは考える。店長はそれらが体に悪い製品だと知っているが、お客さんが欲しがるので売ることを許すのである。にもかかわらず、わたしのことを悪く言う人々がスーパーマーケットの店長を批判するのを聞いたことがない。

わたしがしていることに対するもっともな反論として、わたしは選択の自由を奪うことによってお客さんの尊厳を奪っているというものがある。さらに、霊能力があると主張するとなりの商売敵の心霊術師は正直だけど、わたしは心霊術師でないのに心霊術師のふりをしているので不誠実だと言われる。お客さんは心霊術師の方を選ぶことになるだろう。わたしはお客さんにウソをついているが、となりの心霊術師はウソをついていないということらしい。わたしはこの議論を理解するし、それが正しいことに同意する。ただし、この議論がわたしを説得しない理由は、最終的な結果はまったく同じなので、その議論が見当違いだからだ。わたしの個人的な信念は商売には関与しないし(スーパーマーケットの店長と同じように)、そのことに注目することはこの議論の中心になるもの、お客さんがばかげたものを買いたがっているという事実、を無視していることになる。そういう物を売ろうとしている人に対する個人的な感情や意見は、問題ではないのである。

そろそろみんなが気にしてる点について触れるとしよう。実際に害を与える場合や実際の医学療法や精神病療法の代わりに似非科学が購入される場合についてはどうなのか? 最初に述べたように、わたしは一般的に実害がない限り超自然的なことを商売にする人々の味方をするということだ。ほとんどの場合はそれにあたる。例外についてはどうなのか?

お客さんが実際に医学療法が必要な仮の例をここに挙げる。お客さんが治療可能なガンにかかっているとする。しかし、お客さんは手のひらをかざすだけのニューエージ療法を選ぶとする。念のために言っておくが、わたしは完全なバカでもないし無責任でもないし汚いお金を必要とする状況でもない。この場合、わたしはこのお客さんが理解をしてそれを受け入れてくれることを期待してニューエージのふりをしてニューエージの用語を使って、ニューエージ療法は従来の医学療法と平行して用いることによってのみ有用なのだと説明する。このお客さんに対して、ニューエージ療法はいかさまなので医者に見てもらうようになどと言ったら、わたしがニューエージ療法を疑ってると見なして、わたしの言ってることに耳を貸さず、わたしの代わりに近所の心霊術師のところに行くだろう。これが、本物の医療の代わりに手をかざすだけで済まそうとする“本物”の心霊術師より、わたしのニューエージ療法の方が良い、限りなく良い、ところである。人々はわたしの方が非倫理的だと言う。この場合、“本物”の心霊術師の方が刑務所に送られるべきなのだ。

お客さんが精神病療法が必要な場合も同じである。お客さんの母親が亡くなったとして、そのお客さんが何らかの理由で本当の心理的問題を抱えて、わたしに亡くなった母親と連絡を取って欲しいと言ったとする。これはわたしに明日の競馬の結果を予言してくれと言ってるのとはわけが違う。このお客さんはわたしができるふりをしている範囲以上の本当の助けが必要なのである。この場合、わたしなら照明を暗くして降霊術の会のような雰囲気を作って、亡くなった母親は心配してくれてると言ってあげるし、亡くなった母親はお願いだから専門医にちゃんと見てもらいなさいと言ってると言ってあげる。そう言ってあげればお客さんはわたしの言っていることを実際に聞いてくれるし、その先は専門の医者が面倒を見てくれる。もし、亡くなった人とは話なんかできないとか、本物の医者に見てもらいなさいなどと、典型的な懐疑主義者の言いそうな方法を使っても、お客さんは言ってることを聞かないし、近所の“本物”の心霊術師のところに行くことになって、心理的問題は解決しないことになるだけだろう。ここでも、お客さんは結果的に専門医に見てもらうことになるのでわたしのサービスは親切である。一方、“本物”の心霊術師のサービスは害を永続させるので悪いのである。

超自然的なサービスは、できないことをできると信じてる人が提供するよりは、何ができるかを理解している人が提供する方がましなのである。事実、超自然的なサービスを取り締ることにするなら、これが法律になるだろう。超自然的なサービスが超自然現象の信者を必要に応じて必ず専門医に見てもらうように勧めるとしたら、どんなにいいことだろうか。

しかしながら、こういった例は極めて少数である。ほとんどの場合、崇拝セミナーやホミオパシーや針治療や心霊術など、P.T. バーナム(訳注:アメリカの有名な興行師)が喜んで売るような超自然的な商品やサービスを購入する人々は、まったく実害のないものを購入している。どうせお金が動いて、責任感のある大人がそういったものを見極めてそれでも購入して、彼らが実際に望んでいる物を手に入れて、さらに彼らがその結果を完全に満足するなら、わたしがその取引に参加して利益を上げることに何も問題はない。お客さんは幸せだし、誰も傷つかないし、取引に関わる人々すべてが満足する。これは彼らの選択なのである。彼らは問題だと思ってないのだから、なぜそれが問題だと思う必要があるのか? あんたには関係ないことなのだ。

Brian Dunning
ブライアン・ダニング

参考
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